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ブログ|2020.08.09

失った体裁

「体裁」

1. 外から見える物の形や様子。

2. 世間体。見栄。

3. 一定の形式。

4. 他人が気に入るようなうわべだけの言葉。

 

 

十坪ほどしかない小さなお店

 

彼はもう60歳を超えていた。

 

小さいとはいえ、飲食店を1人でこなすにはキツイ年齢だ。

 

若い時には野望もあり、従業員を雇い入れて大きなお店を経営していたが、

 

職人気質のせいか、経営には向かない。

 

1人で出来るお店をやりたいと場所を変えてから16年。

 

オフィス街にあるお店は開店した日から客が入った。

 

ランチタイムには外まで並んだ。

 

彼は酒が好きで毎日のように酒を飲んだ。

 

そのためか、パスタ屋にもかかわらず、
夜には洋風居酒屋化した。

 

まあまあ洒落た外観のせいか、
イタリアンレストランと間違えて入ってくる客もいた。

 

そんな時、彼は特に無口になる。

元より酒が入らないと話せない性格だ。

 

それに輪をかけて無愛想になる。

 

本当は、
好きな客だけに来て欲しい
と彼は思っていた。

 

個人事業主となって32年、

 

接客の大切さは痛いほど知っていた。

 

気に入らない客に帰れとは言えない。

(出入り禁止にした客はいるらしいが)

 

人と話すことが嫌いなわけじゃない、

酒が入らないと話せないだけだ。

 

 

1人ではじめてから16年目

 

コロナ旋風がまきおこる。

 

彼は国から要請が出る前から率先して自粛をした。

店内飲食をひかえ、
ランチタイムは格安でテイクアウトだけにした。

 

もちろん売り上げは半減したが、

不思議に彼は楽しげだった。

 

自慢のパスタはみんなに食べてもらいたい、

 

でも、接客はしたくない。

 

それでも
これまで当たり前とされていたサービス業の鉄則?

常識、体裁を彼なりに守り続けていた。

 

 

それがコロナでなくなった。

 

 

お店に人が入ってくれないと成り立たない、

と思い守り続けた体裁を失った。

 

 

客は、彼の自慢のパスタだけを持って帰った。

 

 

接待の苦手な自分の代わりに仕事をしてもらうために、
壁にかけてある50インチのテレビだけが客のいない店内に鳴り響いていた。

 

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